京都地方裁判所 昭和51年(行ウ)8号 判決 1982年9月24日
長岡京市今里南平尾五番地の一
原告
北村康彦
右訴訟代理人弁護士
竹下重人
右訴訟復代理人弁護士
桑原太枝子
京都市中京区柳馬場通二条下ル等持寺町一五番地
被告
中京税務署長
人西操
右訴訟代理人弁護士
小藤登起夫
右指定代理人
本落孝志
同
野村純弘
同
野村年彦
同
勝間甚烝
同
西浜温夫
同
前田全朗
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対して昭和四八年七月一〇日付でなした原告の昭和四三年ないし昭和四七年分の所得税についての決定処分並びに昭和四三年ないし昭和四六年分の無申告加算税及び昭和四五年ないし昭和四七年分の重加算税の各賦課決定処分(但し、昭和四五年分についてはいずれも裁決による一部取消後のものをいう。)をいずれも取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は金融業者であり、その事務所の所在地は京都市中京区西ノ京南上合町九三番地である。
2 被告は昭和四八年七月一〇日付で原告の昭和四三年ないし昭和四七年(以下「本件各係争年」という。)分の所得税について別表一の(一)にみる決定及び賦課決定の各処分(以下これらを合わせて「本件各処分」といい、そのうち決定を「本件決定」、賦課決定を「本件賦課決定」ともいう。)をなしたため、原告は同年九月一〇日被告に対し本件各処分について異議を申立てたが、同年一二月七日右異議はいずれも棄却された。原告はさらに本件各処分について昭和四九年一月七日国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は昭和五一年三月二三日に別表一の(三)にみるように昭和四五年分については原処分の一部取消、その余の年分については審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をなし、同年四月一三日大阪国税不服審判所長を通じて裁決書謄本を送付し、原告は同月一四日ころこれを受領した。
3 被告のなした本件各処分は原告の所得金額を推計により算定しているが、右推計には合理性がなく、必要経費の認定も誤認しており、本件各処分は違法で取消されるべきである。
二 請求原因に対する認否
請求原因1及び2は認め、3は争う。
三 被告の主張
1 本件各処分に至る経緯
(一) 原告は昭和三四年ころから中小企業者及び一般消費者を対象に貸金業を継続して営んでいるところ、右事業開始以来本件各係争年分に至るまで、納税義務のあることを認識しながら、所得税の確定申告をなさないため、被告は原告の所得調査をする必要があると認めた。
(二) 被告の部下職員は、本件各係争年分の所得調査のため数回原告に面接し、原告の事業に関する帳簿書類の提示を再三再四求めたが、原告は金融業者として貸付先を記載した帳簿書類を当然備付けているはずにもかかわらず、「事業に関する帳簿書類は備付けていない。必要なことは記憶している。」旨述べるだけで右帳簿書類を提示せず、また、事業内容等の質問に対しても一部を除いて具体的な申立てをなさず、「事業内容、所得金額は税務署の方で調査すべきで協力する必要はない。」旨述べて、被告の調査に協力しなかつた。
(三) 被告は、原告の協力が得られず、原告の所得金額及びその基礎とな 総収入金額、必要経費を実額把握することが不可能なため、原告の取引金融機関を反面調査したところ、原告は原告名義以外に仮名の預金口座を多数設定して、貸付先との取引に利用していることが判明したため、右預金口座の金額を基本として原告の所得金額を推計計算したうえ、本件各処分をなしたものである。
2 本件決定の適法性
原告の本件各係争年分の事業所得金額は別表二の(5)のとおりであり(その算出根拠は以下にみるとおりである。)、右金額が総所得金額でもあるところ、被告の本件決定は右所得金額の範囲内でなされているから、いずれも適法である。
(一) 事業所得金額の算出根拠
(1) 総収入金額
原告の普通預金口座(原告名義以外に仮名と認められるものを含む。以下同じ。)への本件各係争年中の預金入金額は別表三のとおりであり、右入金額は後にみるように同年分の貸付回収金(貸付回収金額の累計額、以下同じ。)と認められるから、次式により右回収金に対し利息割合(貸付回収金額に占める受取利息の割合、以下同じ。)一五パーセントを乗じて原告の本件各係争年分の総収入金額を算定すると、次のとおりになる(別表二の(1)参照)。
昭和四三年分 三〇一六万二五七六円
昭和四四年分 六六三四万八三九〇円
昭和四五年分 一億一六三三万七六四二円
昭和四六年分 二三一九万七三九五円
昭和四七年分 七三六万五三一三円
(算式)
(普通預金入金額)×(利息割合)=(収入金額)
(2) 一般経費控除後の金額
原告の本件各係争年分の一般経費控除後の金額は、右総収入金額に原告と同種の事業を営む同業者の所得率(収入金額に対する一般経費控除後の金額の割合をいう。別表二の(2)参照)を次式により乗じて算出した金額であり、次のとおりとなる(別表二の(3)参照)。
昭和四三年分 二六二四万一四四一円
昭和四四年分 五六五九万五一七六円
昭和四五年分 九九二三万六〇〇八円
昭和四六年分 一九七八万七三七七円
昭和四七年分 六二八万二六一一円
(算式)
(収入金額)×(所得率)=(一般経費控除後の金額)
(3) 必要経費
以下の一般経費と特別経費の合計であり、次のとおりとなる(別表二の(4)参照)。
昭和四三年分 八六九万一一三五円
昭和四四年分 一四九七万三二一四円
昭和四五年分 二二七七万一六三四円
昭和四六年分 四七四万二〇一八円
昭和四七年分 二四一万四七〇二円
<1> 一般経費
一般経費は次のとおりとなる(別表二の(4)の<1>参照)。
昭和四三年分 三九二万一一三五円
昭和四四年分 九七五万三二一四円
昭和四五年分 一七一〇万一六三四円
昭和四六年分 三四一万〇〇一八円
昭和四七年分 一〇八万二七〇二円
<2> 特別経費
給料・賃金と支払家賃の合計額である(別表二の(4)の<2>参照)。
昭和四三年分 四七七万〇〇〇〇円
昭和四四年分 五二二万〇〇〇〇円
昭和四五年分 五六七万〇〇〇〇円
昭和四六年分 一三三万二〇〇〇円
昭和四七年分 一三三万二〇〇〇円
(4) 事業所得金額
総収入金額から必要経費を控除した金額であり、次のとおりとなる(別表二の(5)参照)。
昭和四三年分 二一四七万一四四一円
昭和四四年分 五一三七万五一七六円
昭和四五年分 九三五六万六〇〇八円
昭和四六年分 一八四五万五三七七円
昭和四七年分 四九五万〇六一一円
(二) 貸付回収金について
被告が原告の収入金額算定の基礎とした原告の普通預金の入金額(別表三参照)は、大半が手形・小切手によつており、右手形・小切手による入金は貸付先からの入金であり、その余の現金入金も貸付金及び利子を現金回収したものや貸付金の担保物件を処分し現金入金したものと窺われるから、右普通預金として入金された金額のすべてが貸付回収金とみなされる。
原告は、右現金入金分は資金量を誇示するためのいわゆる循環金であつて、貸付回収金ではない等と主張する。しかしながら、原告のように個人の金融業者が本件におけるように頻繁に入金・出金が繰り返される形で貸付に供していない金(いわゆる遊休資金)を保有することは社会通念上考えられず、その預金の入金と出金の各合計額の差が僅少であることからみても原告に右遊休資金がなかつたことは明らかである。
ところで、一般にいわゆる高利金融業者は貸金実態の把握を極度に恐れ、その秘匿はすこぶる巧妙で、税務調査に対する協力度も極めて低いうえ、貸金はすべて現金で行ない、貸付に際し約束手形を徴す場合も借用証書の代用としてであり、貸金の回収は手形等の期日前に現金でするのが通常であり、当該債務者の信用の程度、資産の有無、右債務者との取引状況等から期日に返済が見込まれない例外的な場合にのみ銀行に手形等の取立てを依頼するものである。原告の場合もその例外とは認められないうえ、小口融資をも手広くやつている原告の場合には、貸付先にもともと当座預金のない者や銀行取引停止のため当座預金を利用できない者等もあり、現に、借主が現金で返済したり、不渡手形を借主が現金持参のうえ買い戻したり、原告が担保物件を処分したり等して現金で回収している貸金が国税不服審判所の審査官等の調査によつても相当数認められる。
借入希望者の提供する担保に応じた貸付額には限度があり、借入希望者の最大の関心はいかにして提供する担保を高く評価させ、利息を安く、借入期間を長くするかにあるから、原告が資金量を誇示する必要は全くなく、仮に担保力があつても高利のため必要以上の借入れを借入希望者がすることはありえない。
また、原告の取引銀行は原告事務所のごく近くにあり、原告としては必要な資金をその都度引出せば十分であり、このことは審査請求時の原告の申述からも明らかで、原告の循環金の主張は措信しがたい。
さらに、原告は、本件各処分に係る税務調査時以前に貸付台帳、受取利息収入等の記録、経費関係の記帳、証拠資料を焼却したと申述し、被告に対し原告の事業内容の正確な捕捉を妨害しており、被告としては高利金融業者の一般的傾向に従つて推計せざるを得なかつたものであり、被告の認定方法に違法はなく、原告の右妨害行為は所得の実額算定が推計算定より不利であることの証左ともいえる。
原告の貸金は、前述のとおり現金での回収も相当数見受けられるところ、これが普通預金へ入金されることなくそのまま他の貸付けに当てられる場合も多いと考えられるので、普通預金の入金合計額以外にも原告の収入金の存在することが窺われるから、被告の前記認定方法は、むしろ控え目なものであるというべきである。
(三) 利息割合及び所得率について
利息割合は、被告が原告の貸付先を調査した結果比較的正常な返済状況にあると認められた借主について、各各本件各係争年中の「借入金の総返済額」に含まれる「総支払利息額」の割合を求めて平均したところ、概ね一五パーセントであつたこと、原告の貸付にかかる約定利息は月利率概ね四ないし六パーセントで平均が五パーセント(実質利率はそれ以上)であるうえ、返済期間も概ね三か月程度と認められたことなどから、本件では一五パーセントと認定した。
所得率は平均的と認められる同業者の所得率であり、昭和四三年分が八七パーセント、昭和四四年ないし昭和四七年分は八五・三パーセントである(別表二の(2)参照)。
原告及びその顧問税理士(加藤裕彦)は、審査請求の際に被告主張の推計方法(預金入金額に前記利息割合を乗じて利息収入金額を算出し、さらに右収入金額に前記所得率を乗じて一般経費控除後の所得金額を算定するという方法)及び適用各率(割合)の内容を十分理解したうえで、右推計方法及び適用各率を認めており、本訴において右各率を否定するからには、その根拠とそれに代わる合理的な方法を示すべきである。
3 本件賦課決定の適法性
原告は、前記1(本件各処分に至る経緯)においてみたように、仮名の預金口座を多数設定し、被告に対しても帳簿書類を提示せずして調査にも協力せず、その申告すべき所得税について課税標準たる総所得金額、税額計算の基礎となるべき事実の全部または一部を隠ぺい仮装し、さらにその隠ぺい仮装したところに基づき法定申告期限までに確定申告書を提出しなかつた。
原告は本件各係争年分とも納税義務があることを認識していながら、何ら申告しなかつたものであり、本来増差税額全額が加算税の対象となる(最判昭和五二年一月二五日税務訴訟資料九一号五四頁参照)が、昭和四五年ないし昭和四七年分については収入金額の計算基礎となつた各年分毎の総預金入金額(別表三参照)に対する仮名預金入金額の割合(昭和四五年分七・二二パーセント、昭和四六年分七五・五九パーセント、昭和四七年分九九・三六パーセント、別表三参照)を求め、これを当該年分の事業所得金額(別表二の(5)参照)に乗じて算出した金額を重加算税対象金額として国税通則法六八条二項により重加算税を、また、その余の部分及び昭和四三年、昭和四四年分は同法六六条一項により無申告加算税を賦課決定したものであり、本件賦課決定は適法である(別表二参照)。
四 被告の主張に対する認否
1 被告の主張1はいずれも認める。推計の必要性については争わない。
2 同2の冒頭部分のうち、原告の本件各係争年分の所得が事業所得のみであることは認め、その余は争う。
3 同2の(一)の(1)のうち、原告の普通預金口座への本件各係争年中の預金入金額が別表三のとおりであることは認め、その余は否認する。
4 同2の(一)の(2)は否認する。
5 同2の(一)の(3)のうち、<2>の給料・賃金と支払家賃の合計額が被告主張の金額であることは認め、その余は否認する。後に主張する退職金、貸倒損失、雑損失も必要経費と認むべきである。
6 同2の(一)の(4)は否認する。
7 同2の(二)のうち、原告の普通預金への手形・小切手による入金が貸付先からの入金であることは認め、その余は否認する。被告主張の原告の普通預金の入金額のうち別表四による現金入金額はいずれも貸金の回収によるものではない。すなわち、原告は貸付の予約が成立すると貸出予定金額を上廻る現金を預金から引き出して準備し、依頼者の面前で右現金からその要求額を抽出して交付するという取引方法をとり、資金量の豊かさを誇示し、取引終了ないし契約不成立の場合、手許金をすみやかに普通預金に預け入れていた。したがつて、原告の普通預金の入金額には資金量を誇示するのみで現実には貸付対象とならず再度預け入れられる自己資金であるいわゆる循環金が含まれており、右循環金は受取利息を含まないから、これを含む普通預金の入金額の合計を推計の基礎とすることは不合理である。
8 同2の(三)のうち、利息割合についての被告の主張は不知、その余は否認する。原告が被告主張の利息割合を認めたのは、原告の普通預金の入金に相当多額の自己資金である循環金が混入しているという原告主張事実が認容されることを前提としたもので、単純に右普通預金の入金の合計額に対し一五パーセントの利息が含まれることを承認したものではない。また、原告が被告主張の所得率を認めたのも、その主張する特別経費が認容されるならば、特に所得率を争わなくても結果的には我慢しうると考えたことによるのであつて、単純にこれを認めたものではない。
9 同3は争う(但し、別表二の(6)の所得控除金額は認める。)。
五 原告の反論
1 貸倒損失
原告の事業上の貸付元本につき本件各係争年において次のとおり貸倒れによる損失が発生しており、これは所得税法五一条二項により必要経費に算入すべきである(その内訳は別表五参照)。
昭和四三年分 四八二万一一六〇円
昭和四四年分 六三一万〇四九二円
昭和四五年分 一〇九一万九二二七円
昭和四六年分 八一三万〇〇〇〇円
昭和四七年分 一五〇万八八四七円
原告主張の貸倒損失の帰属年度は手形の支払期日により区分し、貸倒事由の「手形不渡り」には原告あてのもの以外に他者あてのものを含み、「倒産」または「行方不明」による手形金回収不能が支払期日後に確認されたものでも、支払期日に回収不能の状態にあつたことから、支払期日を基準にしたものである。本件のように、課税処分の時期がかなり遅れていて、その課税処分時には納税者の有する債権が既にその弁済期(約束手形であればそれが不渡りとなつた時)において客観的に確認できるものであれば、その弁済期における貸倒れとして、必要経費算入を是認すべきである。
2 退職金
原告は以下にみるように昭和四五年一二月二九日ころ従業員である北村敏雄、北村益美に対して各四五〇〇万円、合計九〇〇〇万円の退職金を支給しており、右退職金は同年分の事業所得の計算上必要経費と認めるべきである。
すなわち、北村敏雄(原告の長兄)は昭和四〇年に、北村益美(原告の次兄)は昭和四二年に原告に雇用され、両名とも金融事務、不動産登記事務、競売事務等に精通していたが、昭和四五年ころ両名の独断専行等により原告の事業運営に阻害を生じたことから、右両名の恣意的行動により原告に迷惑を及ぼしている担保権者名義を適正に補正したうえ、原告が両名に各四〇〇〇万ないし五〇〇〇万円の退職金を支払つて両名が円満退職することで合意が成立し、同年一二月二九日原告は右両名に次の方法で各四五〇〇万円を支払つた。
(一) 現金 各五〇〇万円
同日に京都中央信用金庫円町支店の原告名義の普通預金から払出した一〇〇〇万円により支給した。
(二) 無記名定期預金証書 各四〇〇〇万円
右同日に京都銀行本店、大和銀行京都支店、京都信用金庫本店、三和銀行本店の四行のいずれも二〇〇万円及び三〇〇万円の証書各四通ずつ(満期は昭和四六年三月上旬ころ)合計八〇〇〇万円により支給した。
なお、当時原告の事業においては退職金に関する規定等の定めはなかつたが、両名の原告の事業に対する貢献度等からみて、右金額は不当なものではなかつた。所得税法上個人事業者が従業員に支給する退職金の額を制限する規定はなく、その企業にとつて必要な支払いであれば、必要経費と認めるべきである。
3 雑損失
原告は昭和四六年において以下にみるような雑損失があり、右雑損失は昭和四六年分の事業所得金額の計算上必要経費に算入すべきである。
すなわち、別表六記載の貸金について、その債権証書等関係資料を北村益美らが持ち出し恣に回収したり抵当権者の名義を書替えたりしたため、原告の債権回収が不能となつた。しかも、当時北村益美は持病治療のための薬物の副作用により精神の異常をきたし、右債権等の処理についての原告との協議に応じようとせず、登記名義の回復や取立てたはずの金員の引渡を要求しても常に暴行強迫的言動により拒絶し、仮に告訴や出訴等の強行措置を執れば、原告のみならず家族の生命身体に危険があつたから、その損失については現実に回復の手段もなかつた。(なお、北村益美は右の状態のまま昭和五三年に死亡した。)。
原告の右損失が原告の事業上の必要経費としての雑損失に該らないとしても、所得控除項目としての雑損失に該ると解すべきである。
六 被告の再反論
1 貸倒損失について
貸倒損失は通常の必要経費と異なり異例の事実であるうえ立証の難易からみて、原告が主張立証責任を負担すべきである。
原告は不渡りを貸倒事由とするが、不渡りのみでは必ずしも債権が回収不能となつたとはいえず、不渡りと貸倒れの時期には相当の期間があるのが通常である。また、原告のような高利の金融業者に融資を依頼する債務者は一般の金融機関から見はなされているうえ、通常の事業活動では支払利息を上まわる利潤を生むことはすこぶる困難なため事業内容が悪化して倒産に至る場合が多く、ごく小口の融資を除いて相当の不動産その他相応以上の担保を徴しており、さらに債務者本人からの債権の回収が困難になつた場合でも、債務者(保証人を含む。)の親族から取立てたり、専門の取立業者に取立てを依頼したり、証拠物件の不渡手形等を転売したりして債権を放棄する例はほとんどなく、原告の場合も例外とはいえないから、債権放棄や裁判で回収不能が確定する等貸倒れの事実が明確な場合を除き貸倒れの認定はより厳格に判断されるべきである。仮に回収できないことが明らかとなつた債権であつても、特段の事情のない限り、債権放棄または免除をせずに法律上の請求権を留保しこれを取立てる意思のある以上、貸倒金として必要経費に算入することはできないというべきであるが、原告は手形が不渡りになつたからといつて債務者に対し債権放棄をしていないのであるから、原告には債権を取立てる意思が十分にあると窺われる。
さらに、原告主張の貸倒れについては、貸倒れを計上した貸付先について、計上年の翌年または数年後に再度貸倒れを計上している事実がある等、貸倒れが生じたとされる貸付先に対し貸倒れ計上年以降にも貸金があつたと推定されるものが認められ、仮に原告の手許の手形等に不渡りとなつたものがあつたとしても、右債権は現実には担保等で回収されたか、回収の見込みがあつたか、書替手形の再度の不渡りによる重複計上かのいずれかと推察される。
以上にみるように、貸倒れに関する原告の主張は到底容認できない。
2 退職金について
原告の主張は以下にみるように措信できないから、必要経費に算入できない。すなわち、
(一) 当該退職金について原告は所得税の源泉徴収をなさず、その支給を裏付ける書類の提示が全くない。
(二) 退職金は給与の後払い的性質も有するところ、実兄である両名の勤続年数が三年ないし五年余といずれも短く、昭和四五年当時の両名の給与が各二七七万五〇〇〇円と高額なことから、両名が有能であつたとしてもそれ以上に高額な退職金を支給する必要はない。
ちなみに、昭和四五年における勤務者の平均年間給与額は全体が九三万九九〇〇円であり、比較的高額と認められる金融保険業勤務者でも一〇四万七四〇〇円である。
(三) 原告のように従業員が二、三名の個人企業においては、昭和四五年当時はもちろん現在においてさえ退職金の支給が定着していをとはいい難い。また、原告のような個人企業において三年ないし五年の勤続年数で、かつ、年収三〇〇万円弱の従業員が退職する際に四五〇〇万円という高額な退職金を支給することは、社会通念上からも、また、現在の貨弊価値から推し量つても不自然である。
(四) 昭和四三年ないし昭和四五年分の両名の給与支給額が同一としても、勤続年数が異なるから、退職金として同額の金員を支給することは通常あり得ない。
(五) 両名の退職の端緒は、債務者が原告に担保提供した不動産を両名が原告に無断で自己を抵当権者として登記したことにあり、右は懲戒免職事由に相当すべきものであり、両名に退職金を支給する必要はない。
仮に支給があつたとしても、額の多寡等からみて正当な退職金とはいえず、強迫により支給したか、実兄のため贈与したかのいずれかであり、前者の場合も取消権を行使しない以上贈与と同じである。
3 雑損失について
以下にみるように原告の主張には理由がない。
(一) 本来抵当権等の担保権は債権を担保しこれに附従するから、仮に他人が抵当権等の担保権者名義を原告に無断で変更したとしても、債権者は原告であをことに変りなく実害はない。
仮に実害ありとするならば、原告においてその理由を具体的に主張すべきである。
(二) 昭和四六年八月一二日に原処分の調査担当者が北村益美に面談した際には何ら異常は認められず、仮に異常があつたとしても原告に意思があれば有効な手段をとり得たはずであり、これをしなかつたのは結果的には北村益美に贈与したのと同様である。
(三) 仮に原告の主張事実が一部認められても、原告は北村益美らに対して返還請求権ないし損害賠償請求権を有しており、雑損失は存在しない(最判昭和四三年一〇月一七日税務訴訟資料五三号六五九頁参照)。
第三証拠
一 原告
1 証人加藤裕彦、原告本人
2 乙号各証の成立はいずれも認める。
二 被告
1 乙第一号証、第二号証の一ないし三、第三ないし第七号証、第八号証の一、二、第九ないし第一一号証
2 証人岡田仁男、同永井晃
理由
一 請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。
二 原告の本件各係争年分における総所得金額について
原告の本件各係争年分の所得が事業所得のみであることは当事者間に争いがない。
被告はこれを推計によつて算出すべき旨主張するところ、被告の主張1の各事実は当事者間に争いがなく、また、原告も推計の必要性については争わず、単にその合理性及び必要経費を争うものであるので、以下被告主張の推計方法の適否について検討し、原告の事業所得金額を判断する。
1 総収入金額
原告の普通預金口座(原告名義以外に仮名と認められるものを含む。)への本件各係争年中の預金入金額が別表三のとおりであることは当事者間に争いがない。
被告は、右預金入金額がすべて貸付回収金(貸付回収金額の累計額)であるとし、これに利息割合(貸付回収金額に占める受取利息の割合)一五パーセントを乗じた金額をもつて原告の総収入金額とすべきであると主張するところ、右預金入金額のうち手形・小切手による入金額が右貸付回収金であることについては当事者間に争いがない。
原告は、右預金入金額中別表四にみる現金入金額はいわゆる循環金であり、貸金の回収によるものではない旨主張する。
しかし、成立に争いのない乙第三号証によれば、原告が循環金であると主張する金額は、原告の普通預金口座への入金額のうち現金による入金額のすべてを合計したものであると認められるところ、証人岡田仁男の証言及び原告本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く。)によれば、原告は、手形・小切手の取立てによる回収のほか、借主から現金で返済を受けたり、担保物件を処分するなどして現金で回収し、これを前記原告の普通預金口座へも入金していることが認められること、先にみたとおり、原告が貸金業者であり、本件各係争年分における所得が事業所得のみであることからすれば、原告には貸付けによる受取利息のほかには他に営業上の収入がないものと認められること
(ちなみに、前記乙第三号証、成立に争いのない乙第一号証並びに弁論の全趣旨によれば、当事者間に争いのない前記原告の普通預金口座への入金額(別表三)は、預金利息を除外したものであると認められる。)、右預金口座は貸付先との取引に利用されていたものであると認められること(被告の主張1の(三)参照)等を考え合わせると、他に特段の反証のないかぎり、前記現金による入金額もすべて貸付回収金であると推定するのが相当である。
そして、原告本人の「大口で端数のない現金入金額は循環金である。」との供述部分は原告において、これを裏づける現金出納簿等の資料を全く提出しようとしないのみならず、個々の現金入金が循環金であるか否かを判別する基準としても不明確で、これを基準とした循環金の金額の主張もないこと等からして、にわかに措信できず、他に前記推定を左右するに足る反証はない。
次に、前掲乙第一号証、第三号証、成立に争いのない乙第二号証の一、証人岡田仁男、同加藤裕彦の各証言によれば、原告は、審査請求の段階で、被告が推計に用いた利息割合一五パーセントを適当なものとして争わず、原告が国税不服審判所に申立てた所得金額の算定においても同利息割合を用いていることが認められ、まれ、原告本人尋問の結果によつても、原告は利息割合を一五パーセントとすることに不満がないものと認められ、貸付回収金に利息割合一五パーセントを乗じて総収入金額を算出することが合理的でないとする証拠はない。
さらに、前記認定のとおりの現金による貸付回収金の中には、一たん預金口座に入金されることなく、そのまま他への貸付金に振向けられるものもありうると考えられることからすれば、預金口座への入金額を基礎として貸付回収金の総額と認定することは、むしろ原告のために控え目な方法であるともいえるのである。
そうすると、総収入金額を算出するために被告が用いた前記推計方法は十分合理性を有するというべさであり、原告の本件各係争年分における総収入金額は、前記預金入金額を貸付回収金とし、これに利息割合一五パーセントを乗じて得た別表二の(1)の金額となる。
2 一般経費控除後の金額
原告の本件各係争年分の一般経費控除後の金額について、被告は前記総収入金額に別表二の(2)の所得率を乗じてこれを算出する方法を主張するところ、前掲乙第一号証、第二号証の一、第三号証、証人岡田仁男、同加藤裕彦の各証言によれば、原告は、審査請求の段階で、被告が推計に用いた右所得率を争わず、原告が国税不服審判所に申立てた所得金額の算定においても同率の所得率を用いていることが認められ、また、右証人岡田仁男の証言によれば、大阪国税不服審判所京都支所の国税審査官が京都市内の税務署で同業者の申告を調査したところ、右所得率が妥当なものであつたことが認められ、右所得率により一般経費控除後の金額を推計する方法が合理的でないとする証拠はない。
したがつて、被告主張の推計方法は合理性を有するというべきであり、原告の本件各係争年分における一般経費控除後の金額が、前記認定の総収入金額に別表二の(2)の所得率を乗じた同表(3)の各金額となることは、計算上明らかである。
3 特別経費
原告の本件各係争年分における特別経費として、給料・賃金及び支払家賃が別表二の(4)の<2>の<イ>、<ロ>のとおりであることは、当事者間に争いがない。
原告は、特別経費として、このほかに貸倒損失、退職金、雑損失が存在する旨主張するので、順次検討する。
(一) 貸倒損失について
まず原告は、本件各係争年分において別表五の貸倒損失が生じたと主張する。
ところで、所得税法五一条二項は、事業所得等において債権の貸倒れにより生じた損失を必要経費に算入する旨規定するが、ここにおいて貸倒損失として計上しうるのは、当該年分中に、債務者の所在不明、破産または和議手続の開始、事業の閉鎖その他これらに準ずべき事情が生じ、このために債権回収の見込みのないことが確定し、もしくは債権者が債権を放棄した場合でなければならないと解するのが相当である。
したがつて、単に手形不渡りがあつたというだけでは債権回収の見込みのないことが確定したとはいえず、後に、回収見込みのないことが確定しても、その段階で貸倒損失となるものであつて、右手形不渡り時に遡つて貸倒損失となるものではない。
原告は、別表五において、その他の貸倒事由として倒産、逃亡、行方不明等を主張するが、これらの事実についてはこれを認めるに足りる証拠はなく、また、原告が債権放棄をしていないことは、証人加藤裕彦の証言及び原告本人尋問の結果により明らかである。
しかも、証人岡田仁男の証言によれば、前記大阪国税不服審判所京都支所の国税審査官が、貸倒れがあつたと原告の主張する貸付先を一部調査したところ、殆ど回収ずみであり、他は返済中であつたり不動産担保が設定されているもので、貸倒れと判断されるものはなかつたことが認められ、また、本件訴訟における原告の主張自体も、従前貸倒れと主張していた貸付金のかなりの部分を後に回収されたとしたり、後述の雑損失に訂正するなどの変遷がみられ、原告本人の供述によつても、別表五はなお一部不正確なもののあることが認められるなど、その信用性は乏しい。
さらには、原告は右各貸付金の発生、回収あるいは延滞等の経過等に関して、当然何らかの形で存在したものと推定される帳簿類を隠匿したまま提出しようとしないのであつて、この面からも、その主張は容易に採用し難いものといわざるを得ない。
そうすると、原告が貸倒損失と主張する別表五の貸付金は、先に説示した貸倒損失として計上しうるものには到底該当しないというべきであり、原告の主張は理由がない。
(二) 退職金について
次に、原告は、昭和四五年一二月三一日従業員である長兄北村敏雄及び次兄北村益美に対し退職金として合計九〇〇〇万円を支給した旨主張する。
原告本人の供述は右主張に副うものであるが、これを裏づける資料の提出はない。そして、証人岡田仁男の証言によれば、右両名について退職所得の申告がないこと、原告の事業において退職金支給に関する定めのないことが認められ、また、原告本人尋問の結果によれば、北村敏雄は昭和三九年ころから、北村益美は昭和四二年ころからそれぞれ原告の事業に従事するようになつたが、両名とも昭和四三年ころから原告の営業方針に従わないようになつて原告との間に不和を生じ、遂には原告の指示に反して貸付けた貸付先が倒産するなど、両名の勤務が原告の事業の支障となつたことから、昭和四五年一二月末退職するに至つたものであることが認められ、これらの認定を覆えすに足りる証拠はない。
そうすると、原告本人の右供述は措置し難く、その主張の退職金支給の事実は、本件証拠上これを認定するまでには至らないというべきであるが、仮に支給されたものとしても、右に認定した両名の勤続年数及び退職の理由からみて退職金の支給自体不相当なものであつて、到底事業の遂行上必要な経費ということはできない。
(三) 雑損失について
原告は、昭和四六年において北村益美によつて別表六記載の貸付金の債権証書等が持ち出され、原告の債権回収が不能となつたので、これを雑損失として同年分の必要経費に算入すべき旨主張する。
ところで、成立に争いのない乙第九ないし第一一号証、原告本人尋問の結果を総合すると、北村益美は、昭和四五年一二月末退職するに際し、同人が在職中名義で貸付け作成した原告保管にかかる債権証書や抵当権設定証書等を、昭和四六年一月七日をもつて原告名義に戻すことを約したが、これを履行せず、むしろ原告に対しこれら証書等を引渡すよう脅迫したため、原告は、同年五月二四日ころ、右北村益美名義の証書等のほか、原告名義のものについても一部北村益美に引渡したこと、その後原告はこれらを取戻すための何らの措置を講じていないことが認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。
また、原告は、氏名不詳分として六〇〇〇万円の雑損失(別表六の<52>)を主張し、後にその一部について氏名が判明したと主張を訂正したが、依然として氏名不詳のものがあり、原告本人の供述でもこれは単に原告の記憶によつて計上したにすぎないことが認められる。
そうすると、別表六記載の貸付金債権の回収不能については、信用性に乏しいのみならず、これらの債権が北村益美に移転されたものであるとしても、それは、原告の意思によつて譲渡したものといわざるを得ないから、これをもつて事業の遂行上必要な経費としての雑損失に該当するということはできない。
また、原告は雑損控除に該当するとも主張するが、そもそも原告は被告主張の所得控除金額(別表二の(6))について争わないところであり、しかも、所得税法七二条所定の雑損とは納税者の意思に基づかない損失をいうものであることは規定上明らかであるから、本件は雑損控除の対象ともなり得ない。
(四) 以上によれば、前記給料・賃金及び支払家賃以外に特別経費の存在は認められず、結局、原告の本件介係争年分における特別経費は別表二の(4)の<2>の金額となる。
4 事業所得金額(総所得金額)
以上認定の一般経費控除後の金額から特別経費を控除したものが原告の本件各係争年分における事業所得金額(総所得金額)であり、これを算出すれば別表二の(5)のとおりとなり、結局、原告主張の違法は存しない。
三 本件賦課決定について
原告の本件各係争年分における所得控除金額が別表二の(6)のとおりであることは当事者間に争いがなく、本件決定の総所得金額は前記認定の総所得金額の範囲内であるから、その税額の算出(別表二の(8))について違法はない。
そして、先の確定した事実によれば、原告は、仮名の預金口座を多数設定して多額の所得を得ていたものであり、本件各係争年分において納税義務のあることを認識しながらこれを申告せず、被告の税務調査に対しても全く協力しなかつたものであるから、本件各係争年分において原告が納付すべき税額はすべて無申告加算税の対象となるものであり、そのうち仮名預金口座による部分は、申告すべき所得税について課税標準たる総所得金額、税額計算の基礎となるべき事実を隠ぺい仮装し、しかもその隠ぺい仮装したところに基づき法定申告期限までに確定申告書を提出しなかつたものであつて、重加算税の対象となるものというべきである。
そこで、本件各係争年分における総預金入金額に対する仮名預金入金額の割合(仮装割合)を求めると、別表三の<12>のとおりとなる。
そうすると、被告が、以上の各数値を基礎に、別表二のとおり、昭和四五年ないし昭和四七年分について重加算税、昭和四三年ないし昭和四六年分について無申告加算税を算出したことは相当であり、本件賦課決定に違法な点はない。
四 以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田坂友男 裁判官 小田耕治 裁判官 森高重久)
別表一
(課税の経緯)
<省略>
別表二
(事業所得金額及び各税額の算出根拠)
<省略>
注記) (10)の( )内の金額は、隠ぺい・仮装に係る総所得金額のうち、重加算税の対象とした金額であり、(13)の算出の前提となり、(11)に対応する。
別表三
(原告の普通預金口座の入金額)
<省略>
別表四
(普通預金口座の現金入金額)
<省略>
別表五
(貸倒損失明細表)
<省略>
<省略>
<省略>
別表六
(雑損失明細表)
<省略>
<省略>
<省略>